地獄の炎でかくれんぼ

「お前はいつも俺を見つけるのが上手かったな」
 グロンダーズの森は霧が深く、歩くのにも慎重に動かなければならなかった。偵察に送り込んだ兵が戻ってくるまでまだ時間がかかるだろう。ギュスタヴと作戦について確認を終えたシルヴァンはその声が聞こえた方へと顔を向ける。
 ディミトリはアラドヴァルを片手に木の幹に背を預けながら座り込んでいた。シルヴァンへとその表情を見せることはなく、一言告げて満足したのか続きの言葉はもう紡ぐ気はないようだ。シルヴァンはディミトリが身体を預けている木の元へ向かう。何百年と生きてきたのであろう。他の木々に比べても大きさは段違いの大樹の下だと、この目の前の男も小さな子供のように見えた。
 ――ディミトリは首を刎ねられて処刑されたと聞いた幼なじみは、剣を持ってどこかへと消えた。いま、ガルグ=マクはクロードが率いる同盟軍の住処と化していると聞く。その同盟軍を、レアと同じ髪の色をした男が指示しているのだとも。その言葉を聞いた時、シルヴァンは瞬間に金鹿の学級を担当していた教師の顔を思い浮かべる。
 フェリクスとイングリットは雪の降る季節に、青獅子を出た。金鹿の学級で椅子に座るあの背を見かけるたびに、何度も黄色が似合わないなと言いかけそうになるのを必死に堪えたものだ。
「……今回も、ちゃんと俺は殿下を見つけられたでしょう? いやあ、頑張ったから褒めてくださいって!」
 どうにか王子を見つけた時、あの美しかった髪は手入れもされぬまま泥で汚れていた。絵本で見る海のようだとフェリクスが褒めた瞳は一つだけとなってシルヴァンの姿を捉えていた。
 今もなお、一つの瞳はちらとシルヴァンを確認して、それから静かに息を吐く。
「……お前はいつもそうだ。本当はフェリクスやイングリットと共にいたかっただろうに、俺を見つけるために一人で泥に塗れて」
 フラルダリウスの屋敷は広い。フェルディアの城ほどではなかったけれど、幼心には十分なほどで遊びに行くたびにグレンも交えてかくれんぼをして遊んだものだ。フェリクスもイングリットも素直なものだから、分かりやすいところに隠れていてシルヴァンはいつだってすぐに二人を見つけることが出来た。けれども、ディミトリだけはいつも難儀な場所で身を潜めているものだから骨が折れたものだ。なんだってこんなところを見つけたのかと思うような場所で、一人で身を縮こませている。その癖、寂しそうにして待っているのだ。シルヴァンと手を繋いで屋敷の広間へと戻り、フェリクスにどこにいたのだと騒ぎ立てられると申し訳なさそうにしながらも彼は安心したように微笑みを浮かべる。
 ダスカーの悲劇以降、ディミトリはずっと迷子のままだ。泣きながら、すまないと叫びながら、仇を取るからと槍を振るう。彼女の首を捻じきり、彼の前に出せば良いのだろうか。シルヴァンは唾を飲み込み、父に託された破裂の槍を握り締める。
 ――まるでディミトリは本当はとっくに死んでいて、生き延びた夢を見続けてるようだ。ずっとずっと、悪夢を見ながらこの道を歩き続けているのだろう。
 シルヴァンでは駄目だったのだ。見つける事しかできなくて、昔のように手を取って戻ろうとしてもあの穏やかな日々はどこにも無い。フェリクスも、イングリットも、あの黄色の旗を背負ったのだろう。戦場で相見えたとき、俺はきちんとあいつらを殺すことが出来るだろうか。ゆっくりとディミトリの隣に座ると、そのまま彼の髪の毛をぐしゃぐしゃと手のひらでかき混ぜる。
 ひとりは寂しい。シルヴァンはそれを知っていたから、結局あの教師の背を睨む事しか出来ないままだった。そうして、見つけてもらえるまで縮こまるディミトリの隣でこうやって笑うのだ。
「……殿下の騎士ですから。俺、どこにいたって見つけてやれますよ」
 あの雪の降る国の王子の下で、夢から覚めるまで共にいよう。しんしんと吹雪く祖国の王子は「勝手にしろ」とだけ言って瞼を下ろす。
「おうさ。勝手にしますよ、殿下」
 はやく夢から覚めたら、二人であの暖かな広間に戻ろう。グレンに遅かったなと笑われて、心配そうにしていたイングリットに怒られて、フェリクスが伸ばした手を握り返す。
 槍を握りながら、シルヴァンは目を細めた。霧が晴れたら、この森も戦火に焼け焦げる。その火の熱さがこの人を起こすのだろうか。そうしたら、きっと泣いてしまうだろう。熱いと泣き叫んだこの人の手を、誰かが見つけてくれたらいいのに。
 フェリクス、と小さく名前を呼んでも、ディミトリの肩はもう揺れはしなかった。