下心友達

「翔ってさ、地味にモテるよね」
 バラエティ番組の収録を終え、今日はもう何も予定がないからカレーを食べて帰ろうかなと真剣に悩んでいた音也を「二十歳になったイッキを個人的にもお祝いさせてよ」と誘ったのは一時間ほど前だ。
 ――音也の誕生日は一週間ほど前で、当日はシャイニング事務所総出でお祝いをしたし、各々プレゼントを手渡した。だから音也は目を丸くした後にもうお祝いしてくれたじゃん! と不思議そうにしたが、いいじゃないか、と押し切ったのはレンだった。音也やセシルのことを弟のように可愛がってはトキヤに目をつり上げられて怒られるのだが、それでも自分の気の向くまま友人たる彼の誕生をお祝いしたい気持ちは収まらない。音也もそんなレンの気持ちを察してくれたのか「じゃあオレ、レンおすすめのお店に行きたい!」と満面の笑みを浮かべてふたりで夜の繁華街へと赴いたのだ。
 レンが気に入っているイタリアンの店は味はもちろんのこと、接客も文句無しだ。音也と二人でマスクとサングラスを外して中に入っても、すこしも動揺することなく個室へと案内してくれる。
 素敵なお店だろう、オレのお気に入りなんだ。さあ、イッキ。好きなものを頼むといい。
 音也がメニューを見ながら――時々店員に確認を取りつつ――選んだメニューが大まかテーブルに並び、ビールはまだ慣れないからとジュースのようだからとカクテルを飲みながら、彼は冒頭の話を始めたのだ。
「おチビがモテる、か。イッキはどうしてそう思ったんだい?」
「昨日も告白されてたから」
 フライドポテトをつまみながらしれっと爆弾を落とした音也にレンが目を見開くと、彼はちょっと考えた後に「二週間前もあったじゃん」と肩をすくめた。

 ――二週間前のこととはあれだ、ST☆RISHとして出演した歌番組の収録日のことだろう。ありがたい事にCDをリリースする度に売上は右肩上がりで、今回も新曲をテレビ初披露と銘打ってあるのだと聞かされていたので皆やる気に満ちていた。だからこそ、パフォーマンスは文句無しで完璧な収録だったと言える。そう、収録はだ。
 事件はこの収録終わりの楽屋で起きていた。
 楽屋のドアにノックが響く。少し控えめなそのノックの音に「はい」と返事を発したのはトキヤだった。柔らかな声に負けないようにはっきりとした声音がドアから聞こえてくる。
「突然すみません。私、先ほど収録していた番組で一緒だった――」
 鈴の鳴るような声、とはよく言ったものだ。聞こえたその女性の声音に顔を上げたのは、レンだけではなく、隣でミネラルウォーターを飲んでいた翔もだ。翔が訝しげな顔をして、ペットボトルを置いて立ち上がる。ちょうどトキヤがドアを開き、尋ねてきた女性の対応をし始めた所で翔が「やっぱり!」と言って駆け寄っていった。
 その翔の行動におもわず先ほどまでスマートフォンを触っていた指の動きが止まる。ここで何かを言うべきだ、愛の伝道師として。そう必死に頭を動かそうとしているレンだが、少しも言葉は出てこないし逆に椅子二つ分空いた先に座っている真斗の方が口を開いた始末だ。
「来栖の主演映画の相手役の女優だな」
「……どうしてお前がそんな事を? そもそもオレ、聖川には話を聞いてないけど」
「二ヶ月後のラジオでゲストとして呼ぶ予定だ。スタッフから先日話を聞いてな……無論、他の俳優もだが」
 まったく話を聞く気が無くて、逆に清々しい。けれど、真斗から得た情報はレンの頭を冷静にするには十分だった。なるほど、と頷いてから翔の肩越しに彼女に手を振るが、その女優は最低限のお辞儀をするだけで顔を上げた後はずっと翔の表情に集中していた。こちらも清々しいなと内心苦笑いしつつ、二人の様子を観察することにした。
 翔が主演の映画は知っている。大ヒット小説の映画化ということで制作会社も力を入れており、主役のオーディションは何ヶ月もかかったと龍也がこぼしていた。そう考えるとここ最近の翔の忙しさは仕方ないことだ。公開まで二ヶ月を切り翔もそちらの番宣で忙しいのか、七人で収録をしてもすぐに抜け出して次の現場へということは何度目だったか。数日前、忙しなくリュックを背負って場を去る翔の背中を見送った後に、ぽつりと、すこしさびしいなと那月が口にした時、レンは同意を発さなかったが那月の背中を軽く叩いて返事にしたのだ。他のメンバーも内心は皆どこかで寂しさを覚えていたのだろう、誰も那月の言葉を否定などしなかった。
 原作の小説はレンも読んだ。主人公が名前以外一切不明の少女と出会い、曰く付きの城に閉じ込められてしまい、そこから抜け出すミステリー物だった筈だ。どうにも来栖翔という男とミステリーと呼ばれてもピンと来ないし、それを一度本人に告げた時も彼自身「分かる」と不貞腐れつつ頷いていたのを思い出すと、今でも吹き出してしまう。
 勿論今はそんな気分にはなれない。そのまま身振り手振りも含めて何かを話しているらしい翔は彼女と楽しそうに会話を弾ませていた。けれどしばらくしてから彼女が口を開き、顔を赤くしながら翔に頭を下げた。その様子に固唾を呑んだのは誰だったのか。翔も一言二言何か小さな声で彼女を宥めた後に二人でどこかへと姿を消してしまう。
 楽屋のドアが閉められ、足音が遠ざかっていくのと同時にトキヤが声を上げた。
「不用心な……」
 呆れきった彼は手で顔を覆い隠し、肩を落としていた。散々な言い方だなと思うが、レンもその発言に概ね同意だ。何せ、翔からはクランクインからクランクアップまでを一緒にした仲間のような気持ちしか感じ取れなかったが、相手からはそこに仄かに混じる色恋が見え隠れしていた。ここから起きることは色々と考えられるが、十中八九で告白されるに至るだろう。
 音也が背伸びをしながら、真斗の隣に座る。
「マサ、あの子、さっき音楽番組で一緒だったって言ってたけど」
「ああ、女優兼歌手としても活躍しているらしい。来栖の映画の主題歌は彼女が担当するそうだ。バラードが得意だそうでな、映画もその系統らしい」
「ST☆RISHはアップテンポな曲が多いですからね。適材適所という言葉がありますし」
 レンも先ほどまでの収録を思い出す。自分たちの順番はまだ先だったが、途中で翔がスタッフに連れられていったことがあった。恐らく彼女のステージを見に行ったのだろうというのは推測できる。仕事熱心な彼だ、どこでどんなインタビューが飛んでくるかも分からないので主題歌もチェックしておこうと思ったのだろう。勿論、翔自身が純粋に聞いておきたいという願いがあったのかもしれないが。
「……ショウ、帰ってきませんね?」
 セシルが椅子にちょこんと座ったまま、楽屋のドアを見つめ続けている。那月もセシルの後ろに立って「今日は久しぶりに七人揃うから、ご飯に行こうって約束したけど難しいでしょうか……」と落ち込んだ様子を見せる。レンは二人の顔を交互に見つめ、それから全くと肩を竦めた。
「おチビは二人を寂しがらせるなんて罪な男だね」
 レンがそう言えば、トキヤがこちらを振り向いて訝しげな顔を見せる。どうしてそんな顔をしたのか、おもわず尋ねようとするよりも先に「悪い、待たせた!」と翔が慌てて戻ってきたので、結局トキヤの真意は分からぬままだ。

「――昨日の子はね、ほら今人気の子! アイドルグループの子。センターじゃないけど、笑った顔がかわいいって人気なんだって〜!」
 二週間前の大事件を思い返してる間に、音也の話はどんどんと進んでいていつの間にか昨日の第二の事件に発展していた。翔の告白された歴を振り返り始めた音也にレンはおもわず声を上げる。
「……待ってくれ、イッキ。そのおチビに振られたレディ達の話はオレに必要なのかい? レディを慰めるのは得意だけれど」
 レンが制止をかけた事により音也の唇は漸く止まる。それからレンの顔を見つめながら「気になるかなと思って」とあっけらかんと言う。その返事にレンは呆気に取られてしまった。
 一体どちらをレンが気にすると思ったのだろう、友人に告白した女性たちを? ……告白された友人の方を?
 何も言わないレンとは裏腹に音也はビールを飲みながら「苦いね」と眉を顰めている。レンは「オレも最初はそう思ったよ」と同意をしつつ、アラビアータをフォークにくるくると巻きつけた。一口食べて、それからタバスコの瓶に手を伸ばす。ふと、レンは目の前にいる音也の視線に既視感を覚えた。
 ――何味になるんだよ、それ!
 呆れたような、でももう仕方ないなと言いたげな、そんな視線は以前にも、否、幾度となく投げつけられてきた。けれどそれが不快だという訳ではなく、居心地が良いと認識しているのだ。
 タバスコに手を伸ばしながらレンは息を吐いた。「おチビにも」この単語を出せば音也が笑う。この先の言葉がなんであれ微笑ましいなというような表情に、レンは参ったなと白旗を上げた。
「おチビにもそんな顔されたよ……イッキ、今日はどうにもオレに分が悪いね。この話やめないかい?」
「レンが俺にそんなの言う事自体珍しいよね。雪でも降るかも」
「はは……」
 じゃあ違う話をしよっか! 俺の誕生日祝いなんだしね!
 音也の明るい声に頷き、レンは改めて彼の二十歳という記念すべき年に乾杯をした。そこからST☆RISHのメンバーだけでなく、事務所の先輩方や他事務所のアイドル、はたまた以前舞台で共演した俳優や監督の話と色々な話で盛り上がる。音也の太陽のような笑顔は、人々を照らしてくれるだろう。その未来を思うだけでレンは暖かな気持ちになる――なっていた筈だったのだ。

 ◇

 翔の家で遊ぶのはこれで何回目だろうか。取り止めもない疑問が浮かんでは消えていく。
 少なくとも初めて出会った時にはこんな関係になるとはレンは少しも考えてはいなかった。この点に関してはトキヤも同じだろう。自ら言うのは些か苦しいが、友人関係に重きを置いていなかったのはレンとトキヤの共通点だ。そんな二人とは裏腹に何の因果か同じクラスになったのだから、クラスメイト、はたまた友人、そして時にはライバルとして。自分たちを繋ぐポジションにいたのは言うまでもなく翔であった。翔から見たらまた違う感想はあるのだろうが、レンからすれば大きな存在であったのは間違いない。
 そのまま学園を卒業し、シャイニング事務所に所属して今に至るまでレンの数少ない友人として来栖翔は常に隣にいた。
「レン、何飲む?」
「ジンジャーエールかな、この家にはお酒はないからね」
「俺様はまだ二十歳になってねえからな。酒が飲みたいなら居酒屋でも行くか?」
 酒は飲めなくてもつまみのメニューが豊富な店はどれだけでもある。翔も割と食べる方だから、二人でどこかに食事に行く時は料理を重視した店を探しがちだ。今からでも食べにいくか? と尋ねられ、レンは少し考えた後に首を横に振った。
 どこか外へふらりと歩くのも嫌いではないが、今夜は翔とゆっくりと過ごしたい気分――これはこれで語弊がある。今はどこに行ってもまともに会話が出来そうにないから、醜態を晒すにしても翔の前だけにしておきたいのだ。
 翔の部屋に遊びに来るのも何度目だろう。両指の数ははるか昔に超えていて、この部屋の間取りもキッチンに並んでる調味料もすっかりと見慣れてしまった。今夜遊ぶのは一ヶ月前から決めていたし、突然キャンセルするほどの事ではない。笑ってやればいい話なのだ。そう思っているはずなのに、レンの気持ちはちっとも落ち着く気配はなく結局今に至っている。
 一緒に映画を見ねえか? シリーズが二十本分あるから時系列順にしようぜ!
 ――それ、デートで言おうものなら振られるのは確定だよと喉まで出かかっていたけれど口にはしなかったのは、翔と過ごす時間が割と気に入ってるというたったひとつの理由だけだ。けれども、それを揺さぶられるぐらいに音也から聞かされた事実はレンを困惑させていた。
 飲み物とポテトチップスを持ってきた翔は、ソファに先に座ってしまった。レンもその隣に座り、冷えたジンジャーエールを見つめる。橙色の透明なグラスの中でゆらゆらと揺れる液体。このグラスは以前レンが車を出して、二人でショッピングした時に翔が購入していたものだ。これだけ遊びに来るなら買っておいてもいいだろ、と笑われて絆されてしまったのは否めない。翔の家の一部となったそのオレンジ色を見つめていたら、テレビを操作してる翔の背中が視界に入る。
 果たしてこのまま同じ場所にいたとしても、翔の映画の感想(時たま、ケン王の話まで混じってくるから厄介だ)に頷いて自分の見解まで言える自信がない。レンは意を決してソファから立ち上がり、翔の肩をとんとんと叩いた。
「レン? どうした?」
「映画を見る前に話したいことがあるんだ」
 レンが声をかけると、翔はレンと目を合わせてしばらく黙っていたが、テレビを消してソファに座る。真剣な眼差しでこちらを見ている翔に、緊張が伝わってるのだろうと言うのを察して息を吐いた。
 この話をすれば、この居心地の良い時間がかき消えてしまうかもしれない。それを思えば自分の中で一歩踏み出してしまってもいいのだろうかと恐怖に駆られる。それでも――レンは翔の隣に座り、口を動かした。

「……翔。男友達の間では、好きなAVの話をするのは鉄則なのかい?」

 一瞬の沈黙、それから「なんて?」とこの世に存在しないものを見たような顔を向けてきた翔にレンはもう一度声をかけた。
「だから、好きな……AVを」
 自分で言っておいてなんだが羞恥に駆られたレンは最後は小さな声でまごついてしまった。けれど、翔はそれを聞き逃すことなく「えーぶい」と呆気に取られた顔でおうむ返しをする。
 そのままお互い黙り込んでいた後に、翔が少し掠れた声でレンに質問を始めた。
「あの、さ。それ、誰に聞いた……いや違うな。それ、いつ言われたんだよ」
「誰に聞いたかは重要な話じゃないかい?」
 けれど翔はきっぱりと答える。
「んな話するのなんて一部だけだっつーの! お前、それトキヤや聖川と出来るか!? 那月やセシルとも!」
 肩で息をしている翔の様子を呆然と眺めながら、レンは尋ねられたことを真剣に考えてみたものの答えはとっくに出ていた。出来るわけがない、そんな話をしようものならトキヤは一カ月は口を聞いてくれないだろう。真斗のことはともかく、那月やセシルにもそのような話をする気は一切無い。
 そう考えると自ずと答えは出てきていた。翔が「音也のやつ……」とため息をついていたのが全てだった。
 そう、音也だ。こんな状況になる原因は彼なのだ。すぐにでも思い出せる、いつものまぶしい笑顔を潜めた音也の囁くような声。
『あのね、レン。翔の好きなAVって年上のお姉さん設定が大事なんだよ。日焼けしてるとなお良しでね』
 ――……これは果たしてあんな神妙な顔をして言う台詞だっただろうか。
 冷静になってくるとだんだん疑問が浮かび上がってきて、首を朱に染めている翔と目が合うとレンはただ苦笑いをするしか出来なかった。そもそもなぜ音也はこんな話をレンにしたのだろう。レンに教えて何かメリットがあるというのか? 翔の好きなAVのジャンルを知って、果たしてレンに何の得があるのだ?
 考え始めたら訳がわからなくなってきて(いくらレンと言えど冷静になるには状況が拍車をかけていた)おもわず翔に助けを求めるが、肝心の翔も照れが侵食しており彼の身体は真っ赤になっていた。翔は肌が白いからか、少し照れるだけでもよく分かる。こんなに赤くなっていたら火傷を疑ってしまいそうだ。
 レンは翔の様子をしばらく伺った後に「ごめん」と声にした。空気を壊したのは間違いなくレンだったからだ。けれど、翔はしばらく考えた後に「……何にごめんなんだ?」と逆に尋ねてきた。これにはレンも戸惑う。いや、どう考えてもこの微妙な雰囲気にした事だろう。そう言いたいのだが、レンはどうにもうまく口を紡げない。いつもならもっとすらすらと出てくるはずの言葉は今宵ぜんぶ忘れてしまったようだった。
 そんなレンを翔の瞳は逃がそうとしない。
「なあ、レン。何にごめんなんだよ」
「そこにこだわるのかい……? 今からの時間を台無しにしてしま」
「――ほんとうに、そんな理由なのかよ」
 翔がぴしゃりとレンの声を押し除けて告げた。びく、と肩を揺らしてレンはおもわず下へと顔を向ける。そんな理由って言い方はないと思う、レンは翔とこうして二人で過ごす時間を大事に育ててきたというのに。レンにとってこの時間はほんとうに落ち着いて過ごせるのだ。
 そんな言い方をしなくてもいいではないか、という目で翔を見ると彼は頭をガシガシとかきあげた後に「……悪い」と謝罪から始まった。意地の悪い言い方をしたという自覚はあるらしい。翔にしては嫌な言い方をすると思ったのだから、そこをわかっているならまだマシだ。
 翔は髪をかき続けながらうーうーと唸っている。先ほどまでは情緒が不安定なのはこちらだと思っていたのだが、すっかりと立場が逆転してしまった。落ち着かない翔はまだ全身が赤い。羞恥心に駆られたということはわかるが、こんなになるほどだったのだろうかと逆に申し訳なくなってきたところで翔は目の前にあったジュースを一気飲みをする。
「……冷えたかい?」
 頭も心も、と内心で付け足したそれは翔もきちんと理解できたらしい。「おう」と先ほど唸っていたよりはしっかりとした声で返事があり、レンは胸を撫で下ろした。翔はぐっと座りながら手を伸ばし、そしてレンへと顔を向けた。
「……で、何だっけ。俺の好きなAVの話だったっけ?」
「えっ」
 続けるのか、とおもわず間抜けな声を出したところで翔は止まることはない。始めたのはこちらからだったとは言え、よくよく考えなくてもレンには友達同士の会話の一環でAVの話をするのは無理なのだ。できる人でやればいい、と(レンの中で)結論は出てるはずなのに翔は続ける。
「俺の趣味は年上のお姉さんが〜とか言ってただろ、音也」
「……もしかするとお店にいたのかい?」
「いや、お前らがいつ二人で飯に行ったのかとか知らねえけど……」
 じゃあなぜ的確に言えるのか疑問が渦巻く中、翔はレンの方を向いて笑っていた。その笑いもただ楽しいから笑っている、なんてものではなく何かを決意した時の自分を隠すような――そんな、微笑みだった。
「おチビ?」
 おもわず声をかけたが、彼は気に留めることもなく笑ったまま話を進める。
「――俺、好きな奴がいるんだ」
「……そ、うなんだ? 初めて聞いた、よ」
「言う気なかったもんな、お前には」
 心臓が突然掴まれたような気がした。胸をジリジリと痛めつけるそれにおもわずレンは左胸を右手で押さえたが、その痛みはじわりとレンの心を蝕み続けている。言う気がなかった、レンには。レンにはと言うことは他の人には話をするという意味だ。
 翔とは友人であると自負してきたのに、突然それを無かったことにされた様なものだからこんなに苦しいと思っているのだろうか。でも、レンは慣れたものだから少し笑って「……だから、イッキには言えた?」と聞き返す。
 翔はレンの顔を見て「お前だから言えなかったんだ」と言葉を変えた。日本語は難しい、あ、から始まりわをんで終わるそれはひとつ変わるだけで言葉の捉え方が変わってくるのだ。さて、レンだから、とは。
 彼の顔をまじまじと見ていたら、翔は近くにあったクッションを抱きしめながらにぃっと笑う。
「……この前さ、俺告白されたの知ってんだろ」
 その質問にレンは思わず眉を顰めた。今日の翔は一貫して脈略が無い。自分が告白されたことを蒸し返す翔に戸惑いつつもレンは頷いた。
「あのレディは、大胆過ぎたね。オレたちがいる中であんなあからさまに」
 告白されたその後は知らないが、少なくとも付き合うことにしたならば付き合い始めて一ヶ月も経っていない中男友達と遊ぶのを優先するだろうか。アイドルとしての来栖翔に誇りを持っている彼が果たして――。
 けれど、レンの中の翔がきっと断るだろうと思っているだけで、現実の翔がそうだとは分からない。現実の翔はレンを見つめたままだ。
「……さっきからの質問は、繋がってるかい?」
「聞くか?」
 逆に聞き返され、レンはむ、と唇を一文字にした後にゆっくりと頷いた。翔はその動作を確認してから何回か深呼吸を繰り返す。
「――俺さ、好きな奴がいるんだ。いつから好きなのかはわかんねえけど、ここ一年は好きを自覚してた。でも、相手からしたら友達だろ? そいうにとって友達ってポジションは結構でかいし、俺としてもその場所自分で投げ捨てたくなくてさ黙ってたんだよな。でも、そいつのことを好きなのは揺るがねえから告白されてもずっと断ってきた。けどさ、俺も男だ。ムラムラは、する。するぜ。で、オカズとして抜いてたAVとか、まあ、そういうのは見てる。でもな、そのAVもイマイチ乗り込めなくて何でだろうなと思って音也と話をしてたら好きな子に重ねてみたら? なんて身も蓋もねえことを言うんだ。なんて事言うんだこいつって思ったけど、まあ実際当てはまる条件のやつ探して見たらすっげえ良かった。……いや、画面見てるっていうよりかはシチュエーションに俺とそいつを当てはめて頭ん中で想像して抜いた。わかるか、レンに」
 なにか、何か、とんでもないことを問われている。レンの方を見る翔のぎらついた瞳に、レンは少しも唇を動かせずに見つめていることしかできなかった。わからない、わからない、否、わかってしまったらだめだ。
 そう思っているのに、翔は残酷だった。
「俺より年上で、甘えたがりで、日焼けた肌が眩しいやつ。わかるか、レン? お前だよ」
 ――下心があるんだぞ、俺は。

2023年12月30日